広島市は千羽鶴の処分に年間1億円をかけて「いない」
新刊「ボランティアという病」
今年8月に「ボランティアという病」という宝島社新書が発行され、アマゾンの「ボランティア」カテゴリで売れ筋1位を獲得したそうだ*1。
- 作者: 丸山千夏
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2016/08/05
- メディア: 新書
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内容についてはアマゾンの紹介を読んでいただければと思う。
このエントリーでは、この書籍の本題とちょっと違うこと、けれど、この書籍に書かれてしまったことを取り上げたい。
この書籍は、下のツイートで初めて知った。
https://twitter.com/ke_1sato/status/762788906811043841 (リンク切れ *2 )
千羽鶴は支援のフェーズによるという考えは、「被災地への千羽鶴問題」を語る点で重要だと思う。
しかし、ちょっと待ってほしい、「広島市で年間1億円をかけて千羽鶴を処分する」という話が書籍に書かれているの……!?
「千羽鶴に1億円」は、4月から5月にかけてネットで話題になっていた
「千羽鶴の焼却処分費に1億円」という話は、「平成28年(2016年)熊本地震」(4月14日以降に発生した一連の地震をいう)の発生を受け、「震災直後の被災地に千羽鶴を送るべきではない」という呼びかけとともに、4月20日ごろから5月初旬にかけてネットで話題になった。
その内容は、広島平和公園に寄せられる千羽鶴は1年間に10トンであり、広島市はその焼却処分費に年間1億円を掛けている、(だから被災地に負担をかけてしまう千羽鶴を送るべきではない)というものだった。
この話題を初期に取り上げたのは、「おち研」さん(4/18付)だったと思う*3。その他検索すると、やじうまWatch(4/20付)、R25(4/21付)、Pouch(5/1付)*4が引っかかる*5。
しかし、千羽鶴1億円って、本当だろうか
けれどネットで話題になった際、同時にその話の信ぴょう性に対して、いくつか疑問が呈されていた。
たとえば、初期に「焼却処分費1億円」をとりあげたブログである「おち研」さんには、以下のようなブックマークコメントがついていた。
いや、たった10トンの廃棄物に一億かけるってどんだけ無能だよ - takamasa9294 のコメント / はてなブックマーク
おち研の筆者も翌日には「本当に1億円なのか」という項を追記して検証を試みており、検証の結果として、記事は取り下げられないものの「続報が判れば追記します」というペンディングの状態となっている。
同趣旨のネットニュースを取り上げた2chにおいても「一億もかかるわけねーだろ」などの書き込みが見られていた。
少なくとも「焼却処分」に1億円はかけてなかったっぽいのでは
ここで整理しておきたいのだけど、広島市は2001年まで折り鶴の焼却をやっていたが、2002年以降~現在は、焼却ではなく保存している*6。
ツイッターなどでも「(今現在)焼却に1億円かけて『いる』」かのような認識が見られるが、少なくとも「現在も焼却」については、明確に誤りであると言わなければならない。
では、「かつて焼却に1億円かけて『いた』」はどうか。
私は、過去の話であっても、焼却で1億円という数字には若干の疑問を呈さざるを得ないと考える。その理由は、上に引用したブックマークコメントと同じである。
しかし、さらなる資料はないか。実はそのヒントが、2000年の広島市議会議事録に記録されていた。
ツイッターでそれを検索・紹介された方がいる。
"先日の報道では、民間委託したら1億円ぐらいかかるということが載っており、「えっ。」と思った。1億円というのは、どこからどうなって1億円が出てきたのか。教えてほしい" https://t.co/EXIdkSBBWx
— bn2 (@bn2islander) April 27, 2016
”耐用年数を延ばすために、酸性の紙から中性の紙にする。そのために脱酸処理をするとしたときには、いくらかかるかという話で、仮定の話であり、それがすべて脱酸処理をしようとすると、それを民間委託で行えば約1億円かかるということである” https://t.co/EXIdkSBBWx
— bn2 (@bn2islander) April 27, 2016
議会で論じられたのは、焼却のコストではなく、永久保存のための脱酸処理にかかる費用だが、議論している2人の前提に「今、焼却を行っている2000年現在は、1億円かけられていない」があると私は感じる。おそらく、「1億円かけた焼却処理」はなされていなかったと考えてよいのではないかと思う。ここでの1億円は「もし脱酸処理すれば」という仮定の金額だ。実際に掛けられた金額ではない。
なお市議会議事録については、「SANEDOME jotdown」さんが、既にわかりやすく引用されていた。また、今現在の費用はいくらなのかについても、予算書をもとに示されている。5/2付。
torly.hatenablog.jp
本当に「広島市で年間1億円をかけて千羽鶴を処分する」という話が掲載されているのか
上記のとおり見てきたが、その上で、本当に書籍に、「広島市で年間1億円をかけて千羽鶴を処分する」という記載があるのだろうか。またそれは、正確にはどんな表現なんだろうか。
書店に走り、「ボランティアという病」を購入した。
以下、同書第4章「物資支援戦争」の「千羽鶴は本当に迷惑なのか」から引用する。
広島市では毎年、平和記念公園に届けられる10トン分の千羽鶴の処分費として1億円の予算を計上している。千羽鶴を再生紙にする試みなど、市では人々の善意を無にしないための方法を今も模索しているようだ。(p.143)
このように記述されていた*7。
広島市に聞いてみた
「ボランティアという病」の表現には、これまでのネットになかった新たな情報が含まれている。1つは、「焼却」という言葉がなく、単なる「処分」のみとなっている点、もう1つは、「1億円がかかる」というような結果ではなく、「1億円の予算を計上」という書き方となっている点である。また、このことを過去形ではなく、現在形の出来事としている点も見逃せない。
現在広島市が行っている「保存」が「処分」と言えるのかについて疑問は残るが、表現の問題かもしれない。また、「SANEDOME jotdown」さんがなされた、今現在の費用の分析が実は違っていて、予算書では素人目に読みづらい項目を合わせて、1億円の予算を現在計上している可能性もある。ネットの情報と細部が異なっていることから考えると、この記述は筆者が広島市に独自取材した結果のようにも思えてくる。
そこで恥ずかしい気もしたけれど、広島市に聞いてみることにした。そうしたところ、なんと1時間半で回答をいただいた*8。以下転載させていただく。
(私)
最近宝島社から出版された新書、「ボランティアという病」を読んでおりましたところ、「広島市では毎年、平和記念公園に届けられる10トン分の千羽鶴の処分費として1億円の予算を計上している」(143ページ)という記載があるのを見つけました。禎子像などに捧げられる折り鶴について、保存や処分など、色々の議論があることは知っているのですが、現に処分費用として毎年1億円が掛けられているという話は、本当なのでしょうか。通常の焼却であればそこまでの費用はかからないと思うのですが、再生紙への取り組みやデータベースの運用などでかかっているのでしょうか。
(広島市市民局国際平和推進部平和推進課)
広島市では、平成14年(2002年)度以降、平和記念公園の原爆の子の像に捧げられた折り鶴について処分せず保管を行ってきており、
平成24年(2012年)度からは「折り鶴に託された思いを昇華させるための方策」に基づき折り鶴の配布を希望される個人や団体の方に対し、
保管している折り鶴の配布を行っています。
この取組に係る平成28年(2016年)度の予算額は、添付ファイルの資料の14ページ(印刷上は13ページ)のとおり250万4千円であり、
その内訳としては、折り鶴の配布を希望される個人や団体の方への折り鶴の運送料などに135万1千円、
原爆の子の像に捧げられた折り鶴を市の保管施設へ運搬する費用などに115万3千円となっています。
このため、折り鶴の処分費として1億円の予算を計上しているという事実はありません。
これらの内容については、平成28年度当初予算の資料として広島市のホームページ(http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/1454295556096/index.html)
に掲載しております。
(中略)
広島市では、原爆の子の像に国内外から年間約1,000万羽、重さにして10トン以上捧げられる折り鶴に世界中の人々から託された思いを大切にし、
平和への思いに応えるための取組をこれからも進めてまいりますので、引き続きご理解とご協力をくださいますようお願いいたします。
- 「折り鶴の処分費として1億円の予算を計上しているという事実はありません。」
残念です。
「ネットに書かれていた」と「書籍に書かれていた」とでは、一般的に信ぴょう性が違ってくるということが、現実にはあると思う。私は、残念だ。*9
(2016年8月20日追記) 著者より訂正のブログあり、また、「広島市が千羽鶴焼却処分費に1億円をかけていた」は新聞報道の誤読の可能性が高い
著者丸山氏が、今回の誤りの検証をブログに書いている。
「おりづる広島」に1億円の根拠をうかがいました。
その中で、4~5月の各記事(おち研さん、やじうまWATCH、R25、Pouch)が折り鶴焼却1億円説の典拠としていたWEBを作成した、NPO法人に問い合わせた結果が掲載されているが、NPO法人から送付された当時の新聞記事のコピーには、脱酸処理をすれば1億円という記載はあるものの、焼却に1億円が掛かるとの記載はなかった。
丸山氏はこう結論付けている。
同じ記事の中に、確かに「年四回焼却」との記述はあります。しかし、残念ながら記事の中で説明されている、「一億円」というのは、年四回の償却処分の費用ではなく、百年間保存するための脱酸処理を、民間業者に委託した場合の費用のようです。
他に焼却処分費用に関する記述は見られないので、どうやら「おりづる広島」の船田理事長が、こういった記事を複数ご覧になるうちに、どこかで情報を混同されてしまったのではないか、というのが、現時点での私の考えです。
*1:https://twitter.com/cn2mrym/status/761631517630095361
*2:2016年8月18日追記 本書読者の感想ツイートだったが、削除された。大意としては、「千羽鶴には正負の両面があって、災害時の千羽鶴についてはその支援のフェーズや状況を考慮すべきであることが本書に書かれている」というものだったが、負の側面として、広島市が千羽鶴の処分に1億円かけていることが本書に紹介されている旨が述べられていた。
*3:ツイッターを検索すると、togetterでまとめられたツイートの中で、4/17ごろに触れていた方がいたようである。
*4:Pouchがmixiに転載した記事から、2chのスレッドが立っていた。
*5:2016年8月19日追記 これらの記事は、もともと、折り鶴の再生紙活用を手掛けるNPOなどのホームページにその旨が記されていたのを取り上げたものであり(各記事を参照していただきたい)、この話の根拠が当時、薄弱だったというわけではないと思っている。私も当初、後述のブックマークコメントを見るまでは信じてしまっていた。
*6:本記事の後半部分を参照。
*7:なお、この記述の情報源は示されていない。
*8:とても感激しました。
*9:2016年8月18日追記 id:xnana さんからコメントいただいたとおり、著者の方から、重版で訂正いただけるとのアナウンスがあった。冒頭ツイッターを引用した部分で少し触れたけれど、折り鶴について、著者の考え方と私の考え方はそう変わらないと思えるだけに、余計に今回の件は残念だった。