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震災後に福島での臓器移植を制限する通達は、なかったのではないか

ある方のブログから引用する。

国家は、移植に使える福島の遺体の対応を放棄した

国家が何故、役に立たないのか。世論を形成する必要があるのか。今回、福島の震災を受けて国が臓器移植患者達に行なった仕打ちを一つご紹介しましょう。

福島の震災で沢山の人が亡くなりましたよね。ということは、ちょっと言い方は悪いかもしれませんが、津波で跡形もなくなった遺体を除けば、臓器提供の意思表示をしている人の中で、臓器提供の出来る状態の遺体もあったはずです。

しかし、国家は東電は福島の対応に追われていた為、医療現場までパニックを起こさないように、と配慮したつもりなのでしょうが、臓器移植ネットワークを通じて、

「法改正により、福島で亡くなった遺体は福島県内の住民、及び福島の医療機関でしか移植に使うことは出来ません。」

という声明を発してきました。

福島県内では医療機関が麻痺していた為、当然のごとく、透析患者など、移植の必要が患者達は県外の病院に移されていました。

ということは、この声明は実質、臓器移植に使える遺体(移植に使用していいという意思表示をしているものを含む)を全て見殺しにする為に発した声明、だと言えます。

東電の問題ばかりがクローズアップされがちですが、医療現場ではこのようなことが起こっていたのです。

私は20代身体障害者ですが、残り寿命が半分を切りました。 だからどうってことないけど。 - だいちゃん.com」 より(※引用部分について、本記事下部に追記があります。)


先日、臓器移植ネットワークに確認のメールを送ったところ、以下のような要旨の返答が返ってきた。

質問

東日本大震災直後、福島県における臓器移植を事実上制限する政府通達があったことを知りました。
>日本国は「社団法人 日本臓器移植ネットワーク」を通じて、「法改正により、福島で死んだ人は福島の人にしか移植できません」と通達してきました。法律により、”合法的”に移植をしなくて済むようにしたのです。
http://matome.naver.jp/m/odai/2130925163284390301/2130925648184461103
この情報に関して興味がありますので、この通達をネットあるいは印刷物で読めるものがありましたらご教示いただけないでしょうか。また、このような通達が福島だけに出された理由についてもしご存知でしたら合わせてお示しいただくと幸いです。

(臓器移植ネットワークには、ブログを直接紹介せず、同様の情報を掲載しているサイトのURLを引いた)

回答

そのようなルール・通知は一切ございません。

さまざまな理由で移植医療を待たれている方、また、少しでも多くの人々に必要とされる臓器が適切に行き渡るように努力されている方の切実な思いを強く受け止めなければならないと思う。
そのような取り組みについて、疑問に感じるところがあれば、出来る限り調べ、必要であれば声をあげることもやはり必要なのだと思う。

冒頭に紹介させていただいたブログ記事は、移植医療を待つ本当に切実な感情に満ちている。
だからこそ、はてなブックマークでも多くの人()がこれに反応したのだと思う。

id:otchy210 さん
 ブコメ id:rgbv さんの「技術の進歩だけがこの手の倫理的葛藤を解消してきた」に深く共感。そのためにも再生医療の進展を最速で進められるような環境作りにこそ我々は尽力すべきと考える。
id:deztecjp さん
 移植待ちの当事者には、時にはこれくらい率直に、いらだちを表明していただく方がよい。「率直な主張→反省→穏当な主張→率直な主張」の綱渡りサイクルをうまく回していってほしい。応援。
id:shira0211tama さん
 気持ちは分かるけど感情が先走ってる感が強いのでどこかに「色々書いたけど、とにかく臓器くれ!」って書いておいてくれた方がすんなり飲み込める 臓器カードは持とうと思う

ぼくも、その感情を強く受け止めたし、比較的無関心だった移植医療にもっと関心をもたなければならないと感じた。

ただ、記事のうち、引用させていただいた部分については、大変申し訳ないけれども、多少の疑問を感じてしまった。
ブコメでも同様の感情を持たれた方がいらっしゃるように思う。

id:njamota さん
 福島の震災ってなんだ?津波による死者はもっと北の方が多いんじゃないの?岩手県とかでは、津波被害者からドナーを確保してたの?もしそうだったら、それはそれですごいな。
id:LethalDose さん
 “法改正により、福島で亡くなった遺体は福島県内の住民、及び福島の医療機関でしか移植に使うことは出来ません。”どこを見ればわかるのだろうか。


「福島の震災」とは何だろうか。
何故福島だけがこの通達の対象となったのだろうか。
仮に、これが原発事故と関係するとすれば、何故福島県全域なのだろうか。


まずはその背景事情を確認すべきと考えネット検索したけれど、有効な記事に当たることが出来なかった。
そこで、忙しいところ申し訳ないと思いながら、臓器移植ネットワークホームページのメールフォームから尋ねたところ、上記の回答が来て、驚いてしまった。

何かの勘違いで、臓器移植ネットワークが正しい回答を行っていない可能性が考えられなくはない。できれば、厚労省に同様のことを聞くべきかとも考えたが、すでに臓器移植ネットワークの手を煩わせている以上、これ以上、忙しい人たちの手を煩わせるわけにもいかない。

また、ぼくが「こんなメールが来ました」と述べることが、どの程度の信頼性を持つのか疑問でもある。wikipediaでいうところの検証可能性というか、誰でもある程度納得出来るような内容とするためには、おそらくメール頼みでは不十分だ。
そこで、メールに頼らない方法から、事実がどうであったかを検討できないかと思う。

目次

◎ネット検索
◎引用部分の分析
◎公刊物
◎まとめと考え
◎※追記
◎追記2(海外における移植について)

◎ネット検索

本件について、これを読んでいただいている人はどの程度知っていらっしゃっただろうか。あまり広まっていないとしても、お医者さんや移植医療に強い関心を持つ人ならば、これを話題にしないではいられない筈だ。秘密にすることでもないし、秘密であっても義憤に駆られる方もいると思うので、ネット検索すれば、ある程度のソースは見つけられる筈だと思う。

google「福島 臓器移植 震災」 https://www.google.co.jp/search?q=%E7%A6%8F%E5%B3%B6+%E8%87%93%E5%99%A8%E7%A7%BB%E6%A4%8D+%E9%9C%87%E7%81%BD

これによって得られる検索結果は、約 163,000 件。おおむね、上位50件をざっと見てみることにした。

トップ1件目から3件目は、冒頭のブログの筆者の方が作成されたもの*1のようだ。そのほか、4、8、13、14、15、21、38件目に、冒頭のブログか、あるいはブログの筆者の方が別の場所で書かれていた文章を引用したものが掲載されていた(特徴的と思われる、「仕打ち」という言葉の有無により判断)。

臓器移植ネットワークに対して国が通達を出すならば、もっとお堅い文章がある筈だ。そこから話し言葉として伝達されるにしても、もっといろいろなバリエーションが出来てもよいような気がする。

なお、5、6件目は、福島県のホームページ(福島県ホームページ - 組織別 - 臓器移植についてなど)だが、臓器移植を説明しているのに、今回の通達については触れられていない。

18件目には、NPO法人腎臓サポート協会というところの、「2011年の腎臓病報道」だが、福島県内における透析医療の難しさについて言及しながらも、臓器移植が制限されたことは書かれていない。ここから飛べる「東日本大震災(2011年4月のニュース)」や、さらにそこから飛べる「じんぞう教室56号緊急レポート」にも、このことは触れられていない。

23件目の「病院経営者のための会員制医療情報誌 月刊集中 『震災と「尊厳死法案」が直面する死生観の合意形成』」という記事は、臓器移植問題と震災を、死生観というキーワードでつなげたコラムだが、この通達には全く触れられていない。
また、検索していくうちに見つけた記事だけど、医療ガバナンス学会というホームページに、福島県いわき市の常盤病院という組織が寄稿していてかなり興味深い。
Vol.404 東日本大震災透析患者移送体験記
Vol.501 東日本大震災1年 透析患者移送その後の記録
Vol.185 福島県いわき市の震災後の医療状況とときわ会グループの取り組み
Vol.616 腎移植患者における東日本大震災の影響 福島県いわき市からの報告
主に、透析患者や腎移植患者の震災からのフォローについて記載された貴重な文章だと思うが、この中に臓器移植の事実上の制限の話は書かれていない(震災7日目である3月17日に透析患者428名等を県外に移送した記録はある)。

◎引用部分の分析

冒頭引用部分によれば、「法改正により」とある。臓器移植法は震災の前年、2010年に改正された。この法律はこの2010年の改正以外にはそれ以前にもそれ以後にも改正されていない。
書籍を調べると、厚生労働省がその改正を受けて逐条解説を出版していた。重要な当事者である厚労省の逐条解説はそれなりに信頼が置けるものと思う(そうはいっても、本法は議員立法であり、改正も議員立法だったが)。

(商品画像入れておくれよ…)


この本を参考にすると、その改正内容は以下の通りだ。

改正前 改正後
脳死判定・臓器摘出の要件 本人の生前の書面による意思表示があり、家族が拒否しない又は家族がいない 改正前の要件に合致する場合に加え、本人の意思が不明(拒否の意思表示をしていない場合)であり、家族の書面による承諾がある場合も要件を満たすとした
小児の取扱い 15歳以上の者の意思表示を有効とする(ガイドライン規定 本人が拒否していない場合、家族の書面による承諾があれば15歳未満も脳死判定・臓器摘出が可能
被虐待児への対応 規定なし) 虐待を受けて死亡した児童から臓器が提供されることのないよう適切に対応
親族に対する優先提供 当面見合わせる(ガイドライン規定 書面による意思表示があれば、臓器の優先提供を認める
普及・啓発活動等 規定なし) 運転免許証等への意思表示の記載を可能にする等の施策

(上記書籍のP18の表を参考に作成)

これらに、福島県においての移植(あるいは、被災地からドナーを移動しての移植)を制限する根拠となりうる部分があるようには、ぼくは思われない。

◎公刊物

先ほどの逐条解説は、さすが厚労省のお役人が作った本らしく、法律や施行令だけではなく、通知などもかなりの数収録されている。(以下、「通知」と「通達」を区別なく使います)

この中で一番新しい通知は、
新型インフルエンザ(A/H1N1)に係る季節性インフルエンザ対策への移行に伴う組織移植における対応の変更について(平成23年3月31日健臓発0331第1号および第2号)」(新型インフルエンザが2011年3月31日に「新型インフルエンザ等感染症」でなくなったことにより出された通知で、平成21年の通知を廃止するもの)で、震災当月まではフォローされていることがわかるが、この中にもくだんのものは載っていない。
あるいは、刊行時には失効したので載せなかったということも考えられるのだけれども、新型インフルエンザについては過去の取り扱いを廃止する通知が載せられていることを思うと、どうだろう。
そもそもこの本に、すべての通知が載せられているのかどうかという問題もあるけれど、仮にすべての通知は載せられていないとしても、大規模災害時に臓器の移動を制限する通知は、現場および関係役所にとって、今後の参考にも大いになりうると考える。先ほど書いた通り、隠すようなものでもないので、このような本にまで掲載しないという選択肢はあまりないような気がする。

◎まとめと考え

以上から、あくまでぼくが思うに、冒頭に引用したようなことがあった可能性は、どちらかというと低いのではないかと感じています。
あの当時、被害の激しかった沿岸部において、医療機関等の体制が整わないために、以前から臓器提供意思を表示していた方が不幸にしてお亡くなりになられた場合であっても、ドナーとなることが出来なかったという事例は大いにありうると思います。しかし、それは政府通達の有無に左右されるものではない気がしますし、また、そうであったとしても、福島のみの話となるのはやはり解しかたいように感じられます。
この話は、tumblrを通じても広まっているようでもあります。この話がなかったとはぼくは断定できないけれど、上記のような考えがあることもお気に留めていただければと考えています。

ご気分を害された方がいらっしゃったら、ほんとうにすみません。

◎※追記

この記事を書き上げた後、公表する前に見直すと、冒頭の引用が下記の内容に差し替わっていることに気づきました。

国家が何故、役に立たないのか。世論を形成する必要があるのか。今回、福島の震災を受けて国が臓器移植患者達に行なった仕打ちを一つご紹介しましょう。

東北の震災で沢山の人が亡くなりましたよね。ということは、ちょっと言い方は悪いかもしれませんが、津波で跡形もなくなった遺体を除けば、臓器提供の意思表示をしている人の中で、臓器提供の出来る状態の遺体もあったはずです。

しかし、国家は東電は福島の対応に追われていた為、医療現場までパニックを起こさないように、と配慮したつもりなのでしょうが、臓器移植ネットワークを通じて、

「法改正により、今回の震災で亡くなった方の遺体はその県内の住民、及び医療機関でしか移植に使うことは出来ません。」

という声明を発してきました。

震災の起きた地方では医療機関が麻痺していた為、当然のごとく、透析患者など、移植の必要が患者達は県外の病院に移されていました。

ということは、この声明は実質、臓器移植に使える遺体(移植に使用していいという意思表示をしているものを含む)を全て見殺しにする為に発した声明、だと言えます。

東電の問題ばかりがクローズアップされがちですが、医療現場ではこのようなことが起こっていたのです。


tumblrが引用している内容が、ぼくが見たはじめの書きぶりであったと思います。

ぼくは、上記の通り、2010年の法改正は被災地からのドナーの移動を制限するものではなかったと思っています。そのため、「法改正」を理由とする通知の存在は考えにくいのではないかと感じます。
また、あのとき、東北地方には、少し大げさな言い方をすると、人や組織の力という力が日本のみならず世界から集まり、それでもなお迅速な救助がなかなか叶えられなかったのが実情ではないでしょうか。

1999年2月23日に厚生省が各都道府県等に示した「臓器の搬送に関する消防防災担当部局の協力体制について」(消防等が保有する救急車やヘリの活用について依頼した通知)によれば、臓器に流れる血流を止めてから再開するまでに許容される時間は、最も長い腎臓・膵臓でも24時間だそうです。あの時に果たしてそれが可能だったのかどうか、疑問に思います*2。ご遺体を1体でも、他の命の救けとするために、大規模災害時にスムーズな移植体制をとることは、検討課題として考えることはありうではないかとは思うのですが…。

◎追記2(海外における移植について)

子供が臓器移植を受けるための渡航等費用の募金運動が、以前はよくありました。この目標額があまりに高すぎ、お金によって順番を速めているのではないかという意見は、ときどき目にすることがあります。調べると、このような英文資料がありました。

http://publications.milliman.com/research/health-rr/pdfs/2011-us-organ-tissue.pdf

3ページ目に、アメリカにおける移植の平均費用が書かれているようです。

これによると、心臓移植で120万ドル、だいたい今の相場(昔はもっと円安でした)で1.2億円くらいのようです。平均ですから、実際にはこれより安かったり高かったりするのだと思いますが、少なくとも1億円程度であれば、不当な額ではないのだろうと思います。
(これについて、昔は安かったが、医療訴訟対策で上昇してしまった、また、金銭で優先的に移植を受ける日本人が問題視されたため、さらに費用が吊り上げられた…という週刊誌の記事を見つけましたが…*3

参議院の発行する雑誌、「立法と調査 2009年11月」P45以下によれば、アメリカは移植大国であり、以前は自給自足に近い状態を保ってきたそうです。しかしそんなアメリカにおいても近年、ドナー数の伸びが移植希望者数の伸びを下回るような状態が続いているといいます。アメリカには、各医療機関が外国人に対して臓器移植を実施できるのは、前年移植数の5%を上限とし、これを超過する場合は理由の説明が必要というルールがあるそうです。
この原則、以前は必ずしも厳格に運用されてはいなかったそうですが、臓器が不足しがちとなる事態を受けて、厳格な運用が求められるようになっており、その中で非常に高額な保証金の要求というものもあるようです。そうすると、日本人は上述よりもさらに高い費用を求められるのは事実なのであろうと思います。しかしながら、これを上の週刊誌が言うように「カネの力で優先」といえるのかどうか微妙な気がします(実際にはもっと生生しい事態があるのかもしれないですが)。

WHOが新・移植ガイドラインにおいて、国際移植学会がイスタンブール宣言において、海外渡航を伴う臓器移植について異を唱えたとされることは、小児からの臓器の供給を不可能たらしめていた臓器移植法を改正する契機となりました。しかし、「社会学と生命倫理の迷い道」には、以下のように書かれています。

両者(引用者注:WHOと国際移植学会)の最大の違いは、「臓器売買の抑止」のために、「移植ツーリズム」を禁止するなかに日本で「渡航移植」と呼ばれるものまで含めるか否かという点、そして、各国に「(脳死を含む)死体臓器提供」の増加、つまり「臓器の自給自足」を求めるか否かという点です。*4

臓器売買の禁止のために、移植学会は「移植ツーリズム」を禁止したと解されているのに対し、WHOはどうも移植を海外で行うことを直接制限するような内容となっておらず、生体移植の監視と、そもそも移植の需要数を減らすための努力によって状況を打開しようとしているようです*5

結局のところ、(移植ツーリズムではない)海外渡航による移植が本当に国際的に規制されているのかは、どうもはっきりしていない?ように思えます。


*1:1件目 20代身体障害者は臓器移植問題について書き続ける|1級身体障害者が法律家を目指すブログ 、2件目 福島の震災を受け臓器移植が増えるかと思いきや、日本国は「社団法人 日本臓器移植ネ... : 宇和島徳洲会臓器売買事件まとめ - NAVER まとめ 、3件目 今回引用させていただいたブログ

*2:後述で引用する参議院の「立法と調査」には「我が国の現行法制下では、脳死下移植と心停止下移植は、手続上、区分されている。しかし、いずれも基本的には臨床的脳死を経て提供に至るものであり、脳死下の場合には人工呼吸器を装着して心臓が拍動したまま、心停止下の場合には人工呼吸器を外して心拍が停止するのを待って行われるものである。脳死過程を経ずにいわば自然に心停止した場合に提供できるのは角膜等に限られている。」という記載があり、あのとき亡くなられた方のほとんどは、医学的にも臓器移植のドナーとなられることが不可能だったのでは…とも感じる。

*3:http://snn.getnews.jp/archives/225315 米の臓器移植 カネの力で優先させる日本人対策で費用が上昇

*4:「移植ツーリズム」とは、イスタンブール宣言によれば、「移植のための渡航」のうち、「臓器取引や移植商業主義の要素が含まれたり、あるいは、外国からの患者への臓器移植に用いられる資源(臓器、専門家、移植施設)のために自国民の移植医療の機会が減少したりする場合」と定義されている。

*5:同じ、「社会学生命倫理の迷い道」には、WHOの移植ガイドラインを日本語で解説した記事もある。 ここでは「この指針を読む限り、移植のための海外渡航が制限される、という表現はありませんでした。あくまでも、臓器売買の禁止に主眼が置かれているというようにしか読めません。」と説明されている。

クリスマスに死者を思う


※友人のツイート


クリスマスの起源のひとつは、キリスト教以前からヨーロッパで行われていた冬至のお祭りなのだという。ゲルマン民族においてこの日は死者の霊などが現れるときでもあるそうで、あちらのほうでは幽霊といえば冬のイメージなのだそうである。大学時代の西洋史の講義の中でそんな話を聴いた。細かいところはかなり違っているかもしれないが。

そういう話を聴いた大学生のころから、クリスマスになんだか暗いイメージがついて回るようになってしまった。クリスマスに華やかになる街は、そのイメージを振り払うように無理に騒いでいるんじゃないかと思うこともあるくらいだ。

デイケンズは楽しいクリスマスを描いた『ピックウイツク・ペーパーズ』の28 章でも,かつて共にクリスマスを祝った人々について「当時,陽気に脈打つていた多くの心は,今は鼓動を止め,当時輝いていた多くのかんばせは,光ることをやめた。わたしたちがつかんだ手は冷たくなり,わたしたちが求めた目は輝きを墓の中に隠した。それでも,古い家,部屋,陽気な声,笑顔,冗談,笑い,あの楽しい集いに関連したほんの些細で取るに足らぬ事どもが,この季節がめぐってくるごとに,まるで最後の集まりがきのうであったかのように,わたしたちの心に押し寄せてくるのだ」と述べている (335 頁) 。
クリスマス・キャロル』の生と死 道家英穂 http://www.dickens.jp/archive/cb/carol/carol-doke.pdf

※デイケンスは、小説「クリスマス・キャロル」の作者。

別にあちらだって、死者がやってくる日というイメージがあったとしてもやはり華やかに過ごす日だけど、そうはいってもこの時期は、亡くなった人を思ってしまう。

ぼくの学生時代、アルバイト先に1つ下の好青年がいた。大学は同じで、学部は隣の学部だった。応対はてきぱきとし、礼儀もしっかりとしていて、義理に欠くこともなく、同僚で彼に一目を置かない者はいなかったろうと思う。
彼は就職活動でその新聞社を志望していた。作文問題を控えて、ぼくにアドバイスを求めてきた。頼られるととても嬉しいものだけど、ろくに力になるような助言は出来なかったことを覚えている。しかし彼はそんなろくでもない助言をもろともせず、作文問題を突破し、あれよという間に最終面接も突破して、駆け出しの地方紙の記者になった。
ぼくは田舎を出ていたので、彼の書いた記事は帰省したときに目に触れる程度だったけれど、彼の名前を見付けるたびに、嬉しいような気持ちになれた。
9月のある日、訃報は突然やってきた。彼の勤める新聞社に問い合わせると、葬儀会場を教えてくれた。会社を定時に終えると、新幹線で葬儀会場に向かった。
取材先から帰る途中の交通事故で、即死だったようだ。お顔を拝見させてもらったが、安らかな、しかし青白い顔をしていた。家族は気丈に振舞っていたが、むしろ友人が取り乱していて、轟くような声で泣き叫び、一歩も動けないような方もいた。
彼が亡くなったあと数週間のうちに、勤務先の新聞社が彼の追悼記事を書き彼を偲ぶ投稿を載せた。さらに驚いたのは他2紙も地方欄のコラムで彼を偲ぶ記事を書いたことだった。こういうことが後にも先にもどれくらいあるだろうか。あまり新聞社同士で慣れ合うのであればよろしくないと思うけれど、それにしても。
あれから7年位が経った。こういう世の中で、彼はどんな記事を書いていたのだろうと未だに夢想することがある。

新世界遺産・中国、ハニ族の棚田(11・また来てね)

時刻は午後3時過ぎ。ここまで来ると、ハニ族棚田ももうラストである。

碑があった。この碑のところで、運転手さんに記念写真を撮ってもらう。
ついでに、運転手さんも記念写真に写ってもらう。

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ハニ族の風習である刺青が腕に光る。
親切な運転手さんだった。ありがとう。

この碑の場所からも棚田が見える。

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あと、記念撮影をした碑とは別に、詩を刻んだものもあった。
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何が書いてあるか気になる。
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再び棚田の外へ向かって走る。
車窓には親子連れらしき3人組が遠くの方に見える。

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途中の民家でこういう標札を見た。「門前三包責任制」とある。なんだか隣組みたいな名前だ。

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人民の都市は人民で建設し、人民の都市は人民で管理しよう…とあって、その下に「包衛生」「包緑化」「包秩序」とある。
下の矢印は、この区間を管理するということだろうか。それにしても、左右10.75メートルとはいかにも中途半端な数値だ。何か古い単位に根差しているのだろうか。
「元陽県愛国衛生運動委員会」愛国関係あるのかなあ。


また来てね。
歓迎您再到元陽ハニ梯田
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世界遺産になり、また、こういう世界情勢の中で、また同じように歓迎してくれるだろうかなあ。そうであってほしいけれど。

この門をくぐっても、なお農村らしく、農作業を終えたのであろう牛が道路の真ん中を歩くのに出くわすのでした。
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バス乗り場でタクシーとお別れ。
このあたりの地名にもなっている、赤い川「紅河」を横切って、バスは元来た街「建水」へ向かっていきました。

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おわり。

新世界遺産・中国、ハニ族の棚田(10・棚田の集落)

先ほどの集落よりも高台になったところにある展望台に行く。
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真っ白な柵の展望台。なかなか綺麗だけど、他にお客がいなかったのは、どうせ先ほどの集落から見たのと同じ景色だからだろうか。

展望台に入るたびにお金を払う必要があるので、行く展望台も限られてくるのが当然かもしれない。
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左下に見える白い屋根が、先ほどの集落を訪れたときに、ガイドさんが一時的に入った、カウンターのようなところ。

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アップで撮ろうとすると、お客さんがやってきているのが見えた。僕たちがやったような踊りはしないようだ。踊った僕らはラッキーだったのか。

この後、さらに少し場所を移動した。
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相変わらず雄大。

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向こうに携帯電話の基地局が見える。素人目には、日本で見るそれとよく似ているように思う。

新世界遺産・中国、ハニ族の棚田(9・棚田の集落)

先ほどから山の上に見えていた集落のひとつに行く。
ここでは、お金を払うと棚田がよく見えるどこかへ案内してくれるらしい。
運転手さんとは一時別れ(ガイドの方に、この人は日本人だから筆談してやってね、って説明もしていただいた)、ガイドの女性に連れられ街の中の坂を下っていく。

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レンガ造りの家の脇に大量に積み上げられたレンガ。申し訳ないけれど、そんなに丈夫そうなレンガに見えない。このあたりはあまり地震に見舞われない地域なのだろう。うらやましい。

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中国人はスローガンが大好きだ(日本人も案外変わらない気がするが、日本人以上に好きだと思う)。「平安元陽、和諧元陽」どう訳すのだろう。平和で皆が強調する元陽をつくろう、くらいになるんだろうか。和諧(わかい)は中国共産党の掲げる一大スローガンで、平等で調和のとれた社会を目指そう、とかいう感じになるそうだ(元産経新聞記者で、現代中国について体当たりの取材を続けている福島香織さんのブログに詳しい http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/61364/ )。話は逸れるけど、中国のネットスラングでは、掲示板なんかの書き込みが削除されることを「和諧」と呼んだりしていた(中日辞書 北辞郎 http://www.ctrans.org/search.php?word=%E5%92%8C%E8%B0%90&opts=fw )。日本でも民主党政権時代に、民主党に反感を持つ人たちが、書き込みを削除されることを、当時の鳩山首相のスローガンを揶揄して「友愛される」と言っていたけれど、和諧と友愛の言葉の意味の近さと、ネット上でのスラングとしての使われ方の関係がとても興味深いと思う。

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街の様子はこんな感じで、主要市街からは離れていても結構な人口があるように思える。

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街と展望台は直接つながっているのではなく、林のような場所で区切られていた。
牛なら通ることはたぶん可能だろうか。

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それもすぐに抜けると、一望できる場所に着いた。

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このあたりの田んぼの形が、馬に見えると言われた気がする。
その時はあんまりよくわからなかったけど、写真を改めてみると分かるような…。

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カウンターのようなところでガイドの方は休憩。

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夫婦で来られていた別の旅行者。日本にも来られたことがあるらしい。この方、この後で電話番号を教えてくれとせがまれて困った。電話されても中国語は話せないって言ってるのに聞き入れてくれなかった。知ってどうしようっていうの…。
(帰国後、中国語の先生(中国人)にその話をすると、中国人が「日本人の電話番号知ってるのよ!」って自慢したいが為だけに電話番号を知りたがるというのはありがちらしい。つまり、電話するつもりは毛頭なくても、とにかく知りたいらしい。えー、なにそれw こんなことでも文化の違いが出るものか。)

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このあたりの踊りらしい。最初、ガイド2人で踊っているところを見せていただき、そのあと、先ほどの旅行者の方と一緒になって、4人で踊った。よくわかんなくても楽しい。

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ひととおり楽しんで、元来た道を戻って集落へ。運転手さんと再び合流し、次の場所へ向かった。

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戻る途中で見かけた馬。なんでこんな草むらに馬がいるのだろう。

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同じく戻る途中で見た小学校。子供はどれくらいいるのだろう。

新世界遺産・中国、ハニ族の棚田(8・いろいろ)

昼食後はすっかり霧も晴れ、どこに行っても綺麗な棚田を望めるようになりました。
移動しながらいろんな棚田を見ていくことに。

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田んぼではなく木が植えられている。まだ植えられたばかりのように見える。環境保全のための土地なのだろうか。

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2人連れで旅行に来られた方のようだ。

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別の場所で出会った旅行者の方。

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この土地はそんなに急な高低差はないけれど、ずうっと奥まで田んぼが続いている。余りに広くて、逆に広さを感じにくい。

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農家の方。

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下を見ると水路がある。綺麗な水に見える。

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赤い屋根がとても映えている。コンクリートの近代建築が目立つような気がする。

新世界遺産・中国、ハニ族の棚田(7・鳥遊ぶ昼食)

お昼になったのですが、これもタクシー運転手さんの手引きで近くの食堂へ。

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…って、ここはさっきのチケットオフィスのところです。
この奥に見える小屋が、食堂になっています。
スタッフ(経営者?)は、タクシー運転手さんと同級生なのだそうです。ここで初めて、タクシー運転手さんもこの街の出身なんだとわかりました。

さっそくご飯に…する前に、あそこでウロウロしている何かが気になります。
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親子なのかなあ。

そんなことを思っていると、向こうにもなんか違う種類の鳥が居ます。
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これも親子なのかなあ。

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米どころですから、ごはんを食べないわけにはいきません。
あとは、スープと、お肉を炒めたものと、野菜を炒めたもの。
味の素が山盛りになったお皿も置いてあって、これを適宜ふりかけて味を整えて食べます。

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にしても気になる鳥たち。なんか茂みのほうに行ってるけど、飼ってるんだとしたら逃げないのかなあ。

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食事が終わったら、子どもが遊んだりしていました。