クリスマスに死者を思う
ようやく一年で最凶の日(冬至)を超える事ができたのです。
— 池橋弥助@unsustainable (@soramine8) 2013, 12月 22
※友人のツイート
クリスマスの起源のひとつは、キリスト教以前からヨーロッパで行われていた冬至のお祭りなのだという。ゲルマン民族においてこの日は死者の霊などが現れるときでもあるそうで、あちらのほうでは幽霊といえば冬のイメージなのだそうである。大学時代の西洋史の講義の中でそんな話を聴いた。細かいところはかなり違っているかもしれないが。
そういう話を聴いた大学生のころから、クリスマスになんだか暗いイメージがついて回るようになってしまった。クリスマスに華やかになる街は、そのイメージを振り払うように無理に騒いでいるんじゃないかと思うこともあるくらいだ。
デイケンズは楽しいクリスマスを描いた『ピックウイツク・ペーパーズ』の28 章でも,かつて共にクリスマスを祝った人々について「当時,陽気に脈打つていた多くの心は,今は鼓動を止め,当時輝いていた多くのかんばせは,光ることをやめた。わたしたちがつかんだ手は冷たくなり,わたしたちが求めた目は輝きを墓の中に隠した。それでも,古い家,部屋,陽気な声,笑顔,冗談,笑い,あの楽しい集いに関連したほんの些細で取るに足らぬ事どもが,この季節がめぐってくるごとに,まるで最後の集まりがきのうであったかのように,わたしたちの心に押し寄せてくるのだ」と述べている (335 頁) 。
『クリスマス・キャロル』の生と死 道家英穂 http://www.dickens.jp/archive/cb/carol/carol-doke.pdf
※デイケンスは、小説「クリスマス・キャロル」の作者。
別にあちらだって、死者がやってくる日というイメージがあったとしてもやはり華やかに過ごす日だけど、そうはいってもこの時期は、亡くなった人を思ってしまう。
ぼくの学生時代、アルバイト先に1つ下の好青年がいた。大学は同じで、学部は隣の学部だった。応対はてきぱきとし、礼儀もしっかりとしていて、義理に欠くこともなく、同僚で彼に一目を置かない者はいなかったろうと思う。
彼は就職活動でその新聞社を志望していた。作文問題を控えて、ぼくにアドバイスを求めてきた。頼られるととても嬉しいものだけど、ろくに力になるような助言は出来なかったことを覚えている。しかし彼はそんなろくでもない助言をもろともせず、作文問題を突破し、あれよという間に最終面接も突破して、駆け出しの地方紙の記者になった。
ぼくは田舎を出ていたので、彼の書いた記事は帰省したときに目に触れる程度だったけれど、彼の名前を見付けるたびに、嬉しいような気持ちになれた。
9月のある日、訃報は突然やってきた。彼の勤める新聞社に問い合わせると、葬儀会場を教えてくれた。会社を定時に終えると、新幹線で葬儀会場に向かった。
取材先から帰る途中の交通事故で、即死だったようだ。お顔を拝見させてもらったが、安らかな、しかし青白い顔をしていた。家族は気丈に振舞っていたが、むしろ友人が取り乱していて、轟くような声で泣き叫び、一歩も動けないような方もいた。
彼が亡くなったあと数週間のうちに、勤務先の新聞社が彼の追悼記事を書き彼を偲ぶ投稿を載せた。さらに驚いたのは他2紙も地方欄のコラムで彼を偲ぶ記事を書いたことだった。こういうことが後にも先にもどれくらいあるだろうか。あまり新聞社同士で慣れ合うのであればよろしくないと思うけれど、それにしても。
あれから7年位が経った。こういう世の中で、彼はどんな記事を書いていたのだろうと未だに夢想することがある。